日常生活の中で出来事から、考えたこと、感じたことを適当に。 音楽やら、数学やら、食べ物の話やら、好きなことを好きなだけ気が済むままに。

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練習!
「そこでコーチ学として学んだことはほとんどない。トレーニング方法で言えば、教師がこういうメニューがある、と黒板に書いた時点ですでに過去のものになっている。練習メニューというものはそれだけ毎日進化し、変化するものだと思っている。」
サッカーのコーチ研修についての言葉。


「限界には限界がありません。限界を超えれば、次の限界がみてくるのです。」

イビツァ・オシム(ジェフ千葉監督)



1990年のイタリアワールドカップで、(当時)ユーゴスラビア代表を率いてベスト4に導いた。
政治的な背景から代表選手の選出についてメディアから批判を浴びながら、「妖精」ストイコビッチを擁し、準決勝で「天才」マラドーナ擁するディフェンディングチャンピオン・アルゼンチンにPK戦の末敗れた。

当時、ユーゴスラビアは、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの共和国とセルビア共和国内のヴォイヴォディナとコソヴォの2つの自治州によって構成されていた多民族国家。
1991年からユーゴスラビアの紛争が始まったことを考えれば当時の国内の状況が、戦争の知らない私にもある程度は想像ができる。
1992年のスウェーデン欧州選手権予選では、国中の共和国で大統領選・独立宣言・紛争が巻き起こる中にあって、90年9月~91年11月までに、デンマーク・アイルランド・オーストリア・フェロー諸島相手に、7勝1敗という圧倒的な強さで本戦出場を決めた。

その後、故郷サラエボが戦火に巻き込まれると代表監督を引退。ユーゴリラビアの紛争は激化の一途をたどり、UEFA,FIFAはユーゴスラビアの本戦出場を取り消す。代わって出場したデンマークが大会を制した。


いつもは言葉に感動して、その衝動でブログ書くんですが・・・今回はオシムの生き方というか、情熱に感動しました。
この日記をつけるために、ネットでユーゴスラビアやその紛争について調べてみたり。元々なにかと影響を受けやすいんですが・・・こんな影響の受け方は初めてかも。

さ、まじめに練習しよっと

参考文献)オシムの言葉 木村元彦著
     Wikipedia オシム ユーゴスラビア など
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